第4回は小柳 ルミ子です。
1952年生まれで宝塚音楽学校の出身。
ズカの女役にならずに歌手になりました。
天地真理とは同じナベプロの所属でしたが、天地真理が白雪姫と言われ、豪華な衣装を着ていたのに対し、小柳ルミ子は自前の私物。待遇の差に嫉妬していたそうです。
わたしの城下町で1971年デビューした小柳ルミ子って曲はあまり演歌調ではないし、一応アイドルに入れられてますが、ファンの人はなんか田舎のおじいさんおばあさんが多いし、本当にアイドルなんですかねぇ!?
当時小学三年生だった私の感想はというと…。
「いもねえちゃん」
怒られるよなぁ~~。こんなこと言っちゃ。
でも小学生の時の正直な感想。「だせぇ!」とか「駄埼玉」なんていうのは私の高校時代に出てきた新しい言葉で、ダサい女の子のことを当時は「いもねえちゃん」って呼んでいたんですよねぇ。
でも自分をダサいって思っていたの、実はご本人だったようです。
ネットを検索していたら、素朴な歌に素朴なファッションの「清純派歌手」と飛ばれるのが嫌で夜な夜なディスコ(今のクラブ)で踊りまくっていたそうです。
あの時代はプロダクションとレコード会社が本人の希望を聞かず、「はい、あんたは清純派アイドル!」「はい、あんたは演歌師!」って勝手に割り振っていたみたいです。
そういうのが嫌でロッカーに転じたのがアンルイスでディスコ通いが小柳ルミ子だったようですね。
子供にも学生にもウケませんでしたが、瀬戸の花嫁の替え歌は流行りましたねぇ。
「瀬戸ワンタン 日暮れ天丼 夕波小な味噌ラーメン、 あなたの島エビフライ、お嫁に行くのりたま」