レトロ万華鏡

昭和レトロなものいっぱいのブログです。

似而非カラーシリーズ 韓国版のレトロ世界1 ソウルの街角  

日本のレトロ世界とよく似たものが韓国にもあります。

私は「韓国の鉄道」など、元々韓国ネタをやっていたので、その手の資料ならたっぷり持っています。

今日紹介するのは1960年代初頭のソウルの街角。日韓国交樹立前なんですかねぇ。新進トヨタコロナはまだ姿を現していません。朝鮮戦争停戦後以降しばらくはジープと米軍将校用のアメ車ばっかりの時代が続いてましたが、そんな時代の光景のようにも見えます。

左端にはツーマンのバスも見えます。

でもドアの配置が変ですね。中扉と後扉です。実はこのバス、中央と後部に二人の車掌が乗って乗客を捌いていたそうです。

 市内バスターミナルに集まったツーマンバスに目を移してみましょう。

白黒写真をカラー変換するサイトにかけてみたら、あら不思議。車掌さんだけカラーになっちゃいました。

車掌さんの服装は白襟に紺の上着にモンペ風ズボン。

日本とよく似てますね。

でも料金の受け取り方は日本とかなり違っていました。

日本だと「切符をお切りしま~~す」と大きながま口みたいなカバンから回数券みたいな束を取り出して切符を切って、パチパチとパンチを入れてバス代と引き換えにお客さんに渡して、降りるときに回収していました。

ところが、こちら韓国ではお客さんの運賃をわしづかみにしてバサバサカバンに突っ込むだけでした。

それで取りっぱぐれがなかったってんですから、これはこれで職人芸でした。

バスのアップを見てみましょうか。

 

1965年の大韓民国釜山広域市西区忠武洞(戦前の緑町遊郭があったところ)付近の市外バスターミナルの光景です。

日本のようなボンネットバスは米軍払い下げGMCトラックの改造車だけで、大半はこのバスのようなキャブオーバー車でした。ボンネットバスシャーシに箱型ボディーをがぽっとかぶせたようなスタイルです。

エンジンが運転席の右にあって、冬場は温まるエンジンカバーの上に学生がお弁当箱を乗せていたそうです。

朝鮮戦争後の韓国では米軍の影響でアメリカ式に左ハンドルを採用したのですが、細かく見ていくと日本との違いが浮き彫りになってきます。

もう一つ街並みを見てみましょう。

 

 1931年に開業、1987年に廃業した純韓国資本のデパート「和信百貨店」です。1935年に火事で消失し、1937年に写真の建物が建てられました。戦前の韓国を舞台にした映画やドラマでは見かける建物ですね。元ネタはこちら→ https://namu.wiki/w/화신백화점

最後におまけ。

韓国にはマウルバスといって、幹線道路から裏通りの住宅地に向かうマイクロバスの路線バスがあるのですが、1960年代の初頭はこんなのが走っていました。