レトロ万華鏡

昭和レトロなものいっぱいのブログです。

似而非カラーシリーズ 古い絵葉書をカラー化する 戦前のソウル女性

f:id:T_YAMADA:20200603171708j:plain

(元は白黒。似而非カラーシステム発動の結果、セピア色っぽい色調になりました)

最近、とある方から戦前の絵葉書を頂きました。

その頂いた絵葉書の中の美人画、パート3でございます。

今回は戦前のソウルで発行されたチマチョゴリ姿の若い韓国女性の絵葉書です。

なんとなく昔の中日のピッチャー星野仙一に顔が似ているような……。

f:id:T_YAMADA:20200603171923j:plain

(こっちはキーセンです。ドラマのものですが。雰囲気がかなり違います)

キーセンにしては髪型も服装も地味です。

白無地でもないので、両班の家のお嬢様のようです。

だとしたら、日本の女子大に行ったような人かもしれません。1990年代前半の韓国には日本語の堪能なお爺さんお婆さんがよくいました。

まぁ、昔は韓国でお年寄りから日本語で話しかけられることはよくありました。

似而非カラーシリーズ 古い絵葉書をカラー化する GEISHA GIRL

f:id:T_YAMADA:20200602170546j:plain

最近、とある方から戦前の絵葉書を頂きました。

その頂いた絵葉書の中の美人画、パート2でございます。

今回はGEISHA GIRL。つまり芸者。

キャプションなしで鼓や篠笛や三味線を持った日本髪の美女ならまず間違いないでしょう。

ウチの父は芸者遊びの経験はありますが、私はありません。

もう1970年代にはほとんど居なくなってましたから。

言ってみりゃ、パーティーにAKBをバンド付きで呼ぶようなモンでしょ?

お金がかかり過ぎますよね。

しかも私も含めて、小唄、端唄、都々逸なんて興味もなければ聞いたこともありません。

f:id:T_YAMADA:20200602170800j:plain

(芸者の御座敷遊び。日本舞踊にトラトラト〜ラトラや藤八拳など特異なゲーム。分からん世界です)

芸者の御座敷は独特のゲームもあって面白かったとは聞きますがね。

そういう知識も芸もないけど、お酌してくれて、会話を楽しめて、安く呼べるパニオンことコンパニオンにとって変わられ、宴会の芸も古典芸能からカラオケや物真似やビンゴに変わっていきました。

そんなふうに衰退した芸者ですが一部地域ではまだまだ頑張っています。

筆頭は京都。

舞妓さんがいますね。

芸者が芸妓でその見習いが舞妓さん。

江戸では半玉と言いました。

松山や有馬温泉、新潟、金沢などもまだ頑張っているそうです。

f:id:T_YAMADA:20200602170941j:plain

鹿鳴館。実は美しく着飾った貴婦人たちの何人かは芸者上がりだった)

衰退した芸者ですが明治の元勲の間では流行ったみたいですねェ。

明治大正期の政治家で奥さんがGEISHA GIRLだった方をリストアップしてみましょう。

こうなります。

伊藤博文原敬板垣退助犬養毅山県有朋陸奥宗光木戸孝允井上馨など

GEISHA GIRLは美人で社交的で話し上手でソツがないから元勲たちから歓迎されたわけです。

鹿鳴館の貴婦人たちも一皮剥けば、チントンシャン!…なんて珍しくもなかったようであります。

似而非カラーシリーズ 古い絵葉書をカラー化する 松竹無声映画「関の五本松」

f:id:T_YAMADA:20200601162425j:plain

最近、とある方から戦前の絵葉書を頂きました。

以前から昭和レトロの乗り物や古い街並みが大好きって公言してました。

だからレトロ万華鏡でも昔の乗り物や街並みをメインに取り上げてきました。

しかし、頂いた絵葉書の中には美人画のようなこれまでとは雰囲気の違うレトロが含まれていました。

絵葉書への感謝の意味を込めてそれらをご紹介いたします。

まずは1924年10月17日公開の松竹サイレント映画 『関の五本松』です。

監督・脚本は牛原虚彦

原作は落合浪雄。

主演は梅村蓉子。

なんと、大正時代の無声映画

活動写真です。

白黒なだけでなく、弁士という講談師のような喋り方をする人がスクリーンの横で解説します。

「華の巴里か、倫敦か!」……なんてね。

本物を観たことなんか勿論ありゃしません。

私が生まれたときは既にカラーのトーキーでしたから。

古すぎて、主演と監督、脚本家がわかっただけで、ストーリーは判明しませんでした。

例えフィルムが出てきても無声映画ですからね。

弁士によっては話が微妙にずれることもあったでしょう。

ハッキリしているのは活動写真にもグッズがあったってことですね。

絵葉書は白黒ですが、似而非カラーシステムで着色しました。

上手く天然色のポスターに見えたらお慰み〜!

駄菓子菓子駄菓子だ!31 モロッコフルーツヨーグル

f:id:T_YAMADA:20200531165240j:plain

メーカーは大阪市西成区のサンヨー製菓(株)

1961年登場のこれまた歴史ある駄菓子です。

コイツの正体はヨーグルトでも乳製品でもないんです。

食べるとフルーツの香りがしてクリーミーでちょっとシャリシャリしますよね?

実は砂糖とブドウ糖ショートニングを混ぜ合わせて、酸味料と香料を加えたものです。

f:id:T_YAMADA:20200531165438j:plain

(ホントは瓢箪型の木べらが付くんですが、もらい忘れたので、マドラースプーンで食べる)

小さな木べらでちょっとずつすくうから旨いんですよね。たぶん。

ロッコというネーミングはヨーグルトで有名なブルガリアと同じ地中海国家だからって軽いノリで決まりました。

ロッコブルガリアじゃ地中海の端から端じゃんって?

ま、いいじゃないですか。

ノリ一発ってことで。

フルーツはフルーツの香りだから。

ヨーグルは?

「トを取ったら、ようけでるやろ?」

って駄菓子本の取材でここの確か社長さんが言ってたと思います。

サンヨー製菓、かつてはウイスキーボンボンのメーカーでした。

でもチョコレートは夏は溶けるから売れないし、作れない。

夏に売れそうなものということで開発したら、当たったので、ロスが常に二割出て歩留まりの悪いウイスキーボンボンはやめて、モロッコフルーツヨーグル一本にしたそうです。

問屋に卸すのは80個で一箱のカートン。

うち商品は60個。

当たりは15個。

万一不良品が出た場合の交換用が5個。

フタの裏がくじになっていて、当たるともう一回もらえるのがモロッコフルーツヨーグルのもう一つの特徴です。

マークが象さんなのは、子供たちが象のように強くたくましく育って欲しいという願いから。

容器は象さんの足ではなく、昔のヨーグルト瓶を模したから。

姉妹品にはジャンボヨーグルがあります。

食べると胸焼けしそうですね。

こちらはパンに塗って食べるユーザーがいると聞いて、パンに塗りやすいように大型瓶にしたのだとか。

駄菓子菓子駄菓子だ!30 夜空の星

f:id:T_YAMADA:20200530164218j:plain

なかなかポエティックなネーミングですね。

メーカーは愛知県名古屋市のマルタ食品(株)

マルタ食品は戦後すぐに金平糖メーカーとして創業。

1950年に法人化。

かなりの老舗です。

今は二代目社長が暖簾を守っています。

金平糖は作り方が特殊で手間がとてもかかるため、作れるメーカーが日本国内に8社ぐらいしかありません。

傾斜装置付き直火式回転釜という特殊な釜が必要です。

角ザラメに沸騰したグラニュー糖液を回転させながら、かけ続け、一週間かけて大きくするのです。

f:id:T_YAMADA:20200530164238j:plain

(喫茶店のコーヒークリームかガムシロップのカップくらいの大きさの容器を裏返すと中身が見えます)

温度を一定にし、回転速度を速くしないというのがポイントで回転速度を速くするとトゲが出来ずにまん丸になるそうです。

金平糖自体は長い歴史のあるお菓子ですね。

織田信長の時代にポルトガルから伝来した

「コンフェイト」をルーツとする歴史ある駄菓子です。

f:id:T_YAMADA:20200530164438j:plain

(韓国版金平糖。シャーペンの入れ物を太くしたようなのに入ってました。粒が小さいのは一週間かけて作ってないから?!)

金平糖、実は韓国の駄菓子にもあるんです。

でも日本のと比べるとだいぶ小さい。

たぶん釜から引き上げるのが早いんですね。

本家ポルトガルではもう地方でしか作ってないそうです。

f:id:T_YAMADA:20200530164529j:plain

ポルトガル版。本家は透明感がない)

日本のと比べて色が派手で透明感がなく、硬いそうです。

古いカラー絵葉書から19 昭和の青函連絡船の絵葉書 羊蹄丸

f:id:T_YAMADA:20200530163135j:plain

メルカリで見つけた旧国鉄時代の青函連絡船絵葉書の続きです。

今回は津軽型第6番船の羊蹄丸です。

JR北海道発行の絵葉書にも入っていた燕脂色と白の塗り分けの船です。

f:id:T_YAMADA:20200530163310j:plain

JR北海道版はこちら。しっかり燕脂色と白です)

燕脂色は道内の当時のキハ82系特急の赤とお揃いです。

青函連絡船廃止後、イタリア のジェノヴァ国際博覧会の日本パビリオンに使われたのち、船の科学館で保存されました。

船の科学館閉鎖後、35件の譲渡申請があったものの何故か日本財団は解体業者に譲渡してしまいました。

中にはきちんと保存するという申請者もいた筈です。

ったく。

なんで解体屋に譲渡するかなぁ。

駄菓子菓子駄菓子だ!29 クッピーラムネ

f:id:T_YAMADA:20200529171103j:plain

メーカーは愛知県名古屋市カクダイ製菓(株)

登場は1963年。

歴史ある駄菓子です。

元々は駄菓子屋くじの外れ景品として1950年に開発されました。

当時は個別包装ではなく、瓶詰で大量にラムネ菓子が入っている状態でした。

f:id:T_YAMADA:20200529171213j:plain

(個別包装されたキャンディータイプのラムネ菓子)

ラムネ菓子の存在が広く知られるようになった1955年、キャンディーのようにセロハンで包み、両側を捻ったスタイルの包装がなされるようになりました。

f:id:T_YAMADA:20200529171337j:plain

(デパート屋上遊園地でよく見られたクレーンゲーム)

このタイプは日本橋高島屋や今は亡き日本橋東急の屋上遊園地でクレーンゲームの景品になってましたから覚えています。

1962年にはお馴染みのウサギとリスのキャラクターが登場しました。

f:id:T_YAMADA:20200529171521j:plain

クッピーラムネの中身。命名グッピーから。クッピーの方が可愛いって理由で“を取ったのでした)

クレーンゲームの景品用はバターボールやチャオぐらいある大きめのものでしたが、

小さな袋に入ったクッピーラムネは頭痛薬のバファリンぐらいの小粒のものです。

白と肌色と桜色のが入ってます。

白はレモネード味。肌色はオレンジ味。桜色のはイチゴ味ですね。

全部同じにしないところは芸が細かいですね。

これは町内会のお祭りで子供に配るお菓子の中に大抵入ってました。