似而非カラーシリーズの昔の飛行機編第3弾です。
今回はANAのプロペラ機です。
バイカウント
JALこと日本航空は1951年に日本政府の主導により運航を開始した半官半民の航空会社としてスタートしました。
これに対しANAこと全日本空輸は1952年に発足した日本ヘリコプター輸送株式会社と極東航空株式会社がそのルーツで1958年に合併し、全日本空輸となりました。
当初は双発のDC-3、デ・ハビランド DH.104 ダブ、4発のデ・ハビランド DH.114 ヘロンで運行していました。
ビッカーズバイカウントは1961年にフォッカー F-27 フレンドシップ機と同時に導入されたターボプロップ機でプロペラ機ながらレシプロエンジンではなく、ジェットエンジンでプロペラを回転させるのが特徴です。
巡航速度はレシプロエンジンより早い570キロで振動が少ないのも特徴の一つでした。
このバイカウントは1969年まで活躍しました。
フォッカーF-27フレンドシップ
バイカウントと同時にANAが導入したターボプロップ機フォッカーF-27フレンドシップがこちら。
主翼が窓より高いところにセットされているため、見晴らしがよいと好評でした。
ローカル線の主力機として活躍し、退役はバイカウントより遅い1973年でした。